ありがとうの物語

斉藤裕樹 さん

斉藤裕樹 さん (49歳)プロフィール  

1966年生まれ 東京都目黒区出身(49歳)

建築専門学校を卒業後、建築関係の会社を経て、1991年に斉藤企画を立ち上げ、建築金物設計や施工に携わる。

2011年の東日本大震災をきっかけに食べ物や自然エネルギー、社会問題に関心を持ち、循環型社会のための活動に携わる。

2014年5月に僧帽弁(そうぼうべん)閉鎖不全症と診断され、同年9月に手術。現在、病気療養中。


「手術で胸骨を開いたため、いまも8本の針金で骨を止めている」と話す斉藤さん

「手術で胸骨を開いたため、いまも8本の針金で骨を止めている」と話す斉藤さん

年齢のせいにしていた「だるさ、疲れやすさ」が大病発覚のきっかけ

建築の現場でずっとアルミなど金属を扱う仕事に携わってきた。

建築の現場でずっとアルミなど
金属を扱う仕事に携わってきた。

毎朝食卓に採りたての野菜が並ぶ

毎朝食卓に採りたての野菜が並ぶ

———心臓の病気で手術をされたそうですが、最初に体の不調に気づいたのは?

2013年頃から体がだるく、疲れやすくなっていました。僕は自営業で、ベランダに手すりやもの干し等、雑金物をつけたりする仕事をしており、体力には自信があったので、まさか心臓に病気があるとは思ってもみませんでした。自分では「歳かな」「運動不足かな」と思っていたくらいで。
 2012年までは自治体の定期健診を受けていたのですが、2013年は公私ともに忙しく、気づいたら健診の日にちが過ぎていたのです。1年間、だましだまし仕事をしていましたが、ずっとだるさが続いていたので「一度、検査してもらおう」と近所の病院を受診しました。そのときの診察で「循環器に問題がある」といわれ、順天堂大学医学部附属練馬病院(以下・順天堂医大練馬病院)を紹介されたのです。そこで初めて「心臓の弁がおかしい。2〜3年のうちに手術した方がいい」と診断されました。

———心臓の弁がおかしいというのはどんな病気なのでしょうか?

病名は僧帽弁(そうぼうべん)閉鎖不全症というものです。心臓は右側に三尖弁、左側に僧帽弁があって、血を送り出す方の弁の僧帽弁がちぎれていたのです。実際に映像を見たのですが、血をギュッと送り込むときに、弁がひらひらと動いてしまう。
 心臓がきちんと血を送り出せないので、もっとがんばらなくてはと心臓が倍ぐらいの大きさになっていました。そんな状態だったので、運動をしたわけでもないのに体がだるく、疲れやすかったのです。
 原因は不明だと言われました。僕の身内にも心臓に病気を持っている人はいないし、まさに青天の霹靂というほかありませんでしたね。

———病名がわかったのは、いつ頃ですか?

2014年の5月のことです。主治医から「もっといい先生がいるから行ってみなさい」と聖路加国際病院を紹介されました。転院して執刀医になった先生は国内でも5本の指に入る心臓手術の名医といわれる方でした。
 その先生に「今年中に手術した方がいい」と言われたのです。これには本当に驚きました。手術までの約4ヶ月で、仕事先へ挨拶に行ったり、アパートを引き払って近くの実家に戻ったり、術前検査と、とても慌ただしく過ごしました。

奥様の野香さんと。実家の屋上にはお父さんが育てる農園があり、様々な野菜がなっている

奥様の野香さんと。実家の屋上にはお父さんが育てる農園があり、様々な野菜がなっている

「このまま死んでも何もわからない」・・・不安を和らげたのはひとつひとつの励ましの言葉

———手術をすることになり、斉藤さんご自身や周囲の人の反応はどうでしたか?

手術前はとても不安でした。全身麻酔も初めてだったので、もしこのまま死んでも何もわからないのだと思うと、本当に怖かった。ただ、ありがたかったのは、家族や仲間からの励ましです。友人からは「今、心臓の手術といってもそんなに大変じゃないみたいだよ」仕事先の人からは「あとのことは心配しないで。いつでも待っているからゆっくり休んできて」などと声をかけてもらいました。メール1つ、電話1本でもすごく嬉しかったですね。

———手術も入院も初めての経験ということですが、どうでしたか?

手術当日は、朝9時頃、手術室に入って全身麻酔で意識がなくなり、目が覚めたら、ちょうど夜の9時でした。全身が管でつながれていたので、まったく身動きが取れず、喉が異常に渇いていました。といっても、水を飲むことはできず、氷をもらってしのぎました。手術の翌日には無理矢理、両側を看護師さんに支えられて立たされるんです。回復のために立たないといけないそうなのですが、それが辛かったですね。なにしろ、胸骨を縦に切って、心臓を取りだして悪いところを切り取り、縫い付けているわけですからね。痛いですよ。
 予定では1~2週間の入院だったのですが、僕の場合、肺がつぶれたり、不整脈が止まらなかったりして、結局、20日間入院しました。

手術後初めて風に当たると、理由のわからない涙が

———入院中、医療に関して疑問に思うようなことはありましたか?

僕は運がよかったというか、最初の病院から順天堂医大練馬病院、聖路加国際病院と転院がとてもスムーズでした。送り出す方も、受け入れる方も、どちらも感じがよく、イヤな思いをしたことはありません。執刀医の先生は東京と大阪を行き来しながら、後進の指導もしていました。患者さんの命を守るために、休みなく働いていて本当に頭が下がります。看護師さんもよくケアしてくれて、特に看護師長さんには時には「ダメじゃない、斉藤さん」と叱られることもありましたが、いつも優しく接してもらったりしました。安心して入院していられましたね。

退院後人体の構造に興味がわき、ネットで購入した模型

退院後人体の構造に興味がわき、
ネットで購入した模型

———入院中はどんなことを考えていましたか?

手術後、初めて病院の屋上の庭園に行き、木々を見て風に当たったときには、急に涙があふれ出て、5分以上、ボロ泣きしてしまいました。自分でも理由がわかりませんでしたが、それだけ気を張っていたのだと思います。
 入院中は時間がたっぷりあったので、西洋医学や東洋医学などの医療のことや、ケアしてくれるお医者さんや看護師さんへの感謝の気持ち、退院した後のことなど、いろいろな思いが頭を巡っていましたね。退院してからさっそく人体模型を買ってきて、体ってこうなっているんだと改めてしみじみ生物の体のスゴさを感じました。

手術を経て、「壊す」より「再生する」ことを大切にするライフスタイルへ

———退院後はどのような生活をしているのですか?

退院してしばらくは歩くのにもハァハァと息切れし、あまり長く歩くことができませんでした。とくに咳やくしゃみをすると、体の中からドーンと叩かれるような強い痛みがあってすごく苦しかった。いまでも痛みはありますが、以前ほどではなくなりました。いまは普通に歩けるし、車の運転もできますが、走ったり、重いものを持ち上げるなど、心臓に負担になることは禁止されています。ただ、散歩はいいといわれているので、近所の川沿いを歩いたり、趣味のギターを弾いてみたりしています。

「夜中なのについ夢中になり『近所迷惑だ』と妻に叱られます(笑)」

「夜中なのについ夢中になり『近所迷惑だ』と妻に叱られます(笑)」

———仕事復帰はいつ頃になりそうですか?

まだリハビリの最中なので、しばらく時間がかかりそうです。といっても、同じ仕事をするかどうか、いま気持ちが揺れています。病気になってから、自分の仕事に対して違和感を覚えるようになったからです。ベランダの手すりはアルミでできているのですが、金属ではなく、木のぬくもりに心が惹かれるんですよね。以前から古い建物を壊して新しい建物をどんどん建てることに疑問を持ってはいたのですが、病気を契機にそのことをもっと強く感じるようになりました。今後できれば、古民家を再生するなど、環境に優しい仕事がしたい。木にまつわる仕事がしたいと思うようになっています。

木のぬくもりに心が惹かれる。時々大きな幹に抱きつきたくなる

木のぬくもりに心が惹かれる。時々大きな幹に抱きつきたくなる

アタッシュケース型ソーラー蓄電池。非常時にみんなの携帯やパソコンを充電できる。

アタッシュケース型ソーラー蓄電池。
非常時にみんなの携帯やパソコンを充電できる。

———もともと環境問題に関心があったのですか?

実は2011年の3月の東日本大震災の福島原発事故がきっかけで、自分たちの口に入るものや暮らし方を見直すようになったのです。電気にしても自然エネルギーによる発電がいいのではないかと、太陽光ソーラーパネルの設置の資格も取りました。実際に、組み立て式の太陽光パネルで自家発電するセミナーを仲間と企画して、その縁で東久留米市の環境グループに加わることになったのですが、そこが平成26年度の地球温暖化防止活動環境大臣賞(対策活動実践・普及部門)を取ったんですよ。うれしかったですね。
 心臓の手術を経験したことで、より一層、生命や自然の大切さに気持ちが向くようになりました。自然を破壊しない、環境に優しい循環型の社会になればいいなあと思っています。

励まし支えてくれた、どんなさりげない関わりにも感謝を伝えたい

———入院中は奥様がずっとそばにつきそってくれたそうですが、「ありがとう」という言葉はやはり奥様に伝えたいですか?

もちろん、妻や両親にはとても感謝しています。妻は本当に毎日寄り添って支えてくれました。本当に感謝しています。
 ただ、だれか特定な人にだけ「ありがとう」というのはちょっと違う。病院で出会ったお医者さんや看護師さん、友人や仕事の仲間、みんなに「ありがとう」と言いたいのです。1日だけ来てくれた看護師さんは、病院の向かいにある看護学校の生徒さんだったのですが、別の日に僕を見かけて「斉藤さん、ここまで回復したんですか。よかったですね」と声をかけてくれた。そんな言葉がすごくうれしくて、僕も「ありがとうございます」と感謝の気持ちを伝えました。
 本当に、僕に関わってくれたすべての皆さんに感謝したい。「ありがとう」と伝えたいと思っています。

近所の川沿いの散歩道を歩く斉藤さんご夫妻。散歩がリハビリになっている

近所の川沿いの散歩道を歩く斉藤さんご夫妻。散歩がリハビリになっている

僕に関わってくれたすべての人に


インフォメーション

僧帽弁閉鎖不全症

僧帽弁というのは、心臓の左心房と左心室の間にある大きな2枚の弁のことで、その形が僧帽というカトリックの司祭がかぶる菱形の帽子に似ていることから名づけられました。僧帽弁閉鎖不全症とは、この僧帽弁の閉じる機能が悪くなり、本来の血液の流れとは逆に、左心室から左心房に血液が逆流してしまう状態をいいます。初期の段階では症状がなく、進行して心臓や肺に負担がかかると、息切れ、呼吸困難、むくみなどの症状が現れます。


(撮影)多田裕美子

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