救命救急室からの手紙

2019 年 2 月 13 日


総合内科医 加藤開一郎

■謎の意識障害

 ある日の昼下がり。80歳代の女性が意識障害のため救急搬送されてきた。病院に到着したとき、女性は昏睡状態。全身の筋肉が弛緩し、すでに呼吸が微弱だった。すぐに、意識障害の検査をしたが、原因が分からない。どうもおかしい。

 血液検査も画像検査も異常がない。とっさに薬に原因があるのではないかと疑った。付き添いのご家族の話では近所のクリニックに通院している。しかし、薬手帳を持参していないため、肝心の処方内容が分からない。ご家族の了承を得て、かかりつけ医に電話をかけた。ところが、「診察時間外のため診察時間内におかけ直しください」とメッセージが流れるだけだ。そこで自宅に残っていたご家族に本人の薬手帳を探してもらった。

 運よく薬手帳はすぐに見つかり、複数の睡眠導入剤と抗不安薬を服用していたことが分かった。意識障害の原因は、ベンゾジアゼピン中毒である可能性が高い。すぐにベンゾジアゼピンの中和薬であるフルマゼニルを静脈注射した。3~4分後には、まぶたが動き始め、その後は急速に意識が回復した。同時に微弱だった呼吸は、徐々に力強くなり、女性は一命を取り留めた。

 確定診断は、ベンゾジアゼピン系薬剤による急性薬物中毒。後日分かったことは、女性は認知症が進行し、自身で薬を管理できる状況ではなかった。しかし、ご家族は薬の管理を本人に任せていた。そして、かかりつけのクリニックを受診する際も、ご家族の付き添いがなかった。このためご家族は何の診断で、何の薬が処方されているかを把握できていなかった。

 女性は救急外来に搬送された日の朝、朝分の薬だと思い込み、睡眠薬を誤って多量に服用してしまったのだった。高齢者は、若年者と比較して、睡眠薬や抗不安薬が効き過ぎてしまうことがある。若年者では命にかかわらない薬剤量でも、高齢者の誤薬は時として命にかかわる。これを防ぐためには、高齢者の薬の管理にはご家族をはじめ、周りのサポートが不可欠だ。

■救急診療医の苦悩

 救急診療に携わる中で、日々もどかしいと思うことがある。それは、救急搬送されてくる患者さんの情報が不足していることだ。しかし、救急搬送されてくる患者さんは、必ずしも、その病院のかかりつけの患者さんとは限らない。路上で倒れ運ばれる人もいれば、電車の車内で倒れて搬送される人もいる。また、かかりつけの病院で収容できず、こちらの病院に搬送されることもある。このような、いわゆる初診の患者さんに対し、私たちは何も情報を持っていない。文字通り、まっさらな状態から診療を始めなくてはならない。

 医療において何よりも大切なのは情報である。私たち医師の仕事は、情報を収集し、判断(診断)を下し、必要に応じた対処(治療)をすることに尽きる。日々の診療はこれの繰り返しである。問診、診察、検査、これらは全て判断をするための材料にすぎない。救急診療は、この情報収集を限られた時間の中で、いかに手際よく、かつ漏れなくできるかが肝となる。情報は、本人、家族、目撃者、救急隊、かかりつけ医などから徹底的に聴きだす。できる限り正確な情報を得る必要がある。なぜ情報収集がそんなに大切なのか?それは収集した情報に、診断や判断に直結するヒントがあるからだ。大抵、救急搬送されたとき本人は容態が悪く、自分で過去の病気や持病を説明できない。

 一方、救急搬送される人の症状は、過去の病気や持病と密接に関係していることが多い。私たち医師が欲しい情報は、▽過去にどのような病気にかかり、どのような処置を受けたか▽今どのような薬を使用しているか▽直近の血液検査データ▽直近の画像データ―である。特に薬に関する情報は非常に重要度が高い。冒頭で紹介した女性の事例でも処方薬の情報が治療に直結した。しかし、今の医療システムでは、救急外来で情報収集に費やす時間と労力が非常に大きいのが現状である。


■自分の医療データは自分で保有する

 臨床医は、常に過去と現在の医療データを比較し、その中で変化を捉え、臨床判断をしている。医療を提供する側にとって、過去の医療データは欠かすことができない。

 人が倒れる場所は、自宅とは限らない。倒れるのは勤務先かもしれない。あるいは旅行先かもしれない。つまり搬送される医療機関は、かかりつけの医療機関とは限らない。だからこそ、どの医療機関に搬送されても、迅速かつ的確な医療を受けられる仕組み作りが必要である。

 それでは、どうすればいいだろうか。答えは各個人が自身の医療データを所持することである。あるいは自身の医療データの管理を委託し、いつでもアクセスできる状況にしておくのだ。これにより、医療現場は必要情報を短時間で収集することが可能になる。

 各個人が自身の医療データを保有できるようになったとき、医療はより安全で効率化すると、私は信じている。

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