医師 加藤 開一郎
はじめに
人命に関わる緊急の病態に1つに低血糖があります。低血糖は脳のダメージを来し、時には脳の不可逆的な後遺症を来しうる非常に怖い病態の1つです。低血糖は糖尿病治療に伴う低血糖と、糖尿病治療以外の原因による低血糖があり、近年、高齢者の糖尿病患者さんの増加が抱える課題として、糖尿病治療薬による重症低血糖の指摘があります。
その一方、救急外来に搬送された低血糖事例の分析により、搬送された低血糖患者の約4割は、糖尿病治療を受けていなかったとする報告もあります。糖尿病治療していないのに低血糖が生じる背後には、低血糖を来しやすい持病や、直接的に低血糖を来す疾患が隠れています。このため、糖尿病の治療を受けていない方でも、低血糖についての知識に触れていただくことは、とても重要だと考えます。
低血糖は動悸や冷や汗など典型的な症状以外にもさまざまな症状があり、1例を挙げると何となくボーとしている、意欲がない、元気がないという症状を呈する患者さんが、うつ病として治療を開始され、その後の経過で低血糖によるうつ状態と判明した事例の報告も少なくありません。
さらに、低血糖はそれ自体が危険な病態ですが、意識消失や痙攣発作、思考力低下などが原因となり、交通事故や転落・転倒など二次的な事故にもつながるリスクも懸念されます。このため、糖尿病治療を受けている方だけではなく糖尿病治療をしていない方も、低血糖について幅広く知っていただきたいと考え、今回のコラムでは低血糖についてお話します。
低血糖とは?
血糖値は血液の中の血漿と呼ばれる液体成分のブドウ糖濃度の値を示しています。検査項目名としては、医療機関によっては、血糖ではなくグルコース(Glucose)と表記されることもありますが、血糖のことを指しています。血糖値は血液の採取の仕方により3つの血糖があります。最も一般的な血糖値は、「血漿血糖」で、これは腕の静脈から血糖測定専用の試験管に採血し、測定した血糖のことです。健康診断や病院の外来で腕から採血し、測定された血糖のほとんどは「血漿血糖」を指します。一方、指先に細い針を刺し、血液を出して測定する血糖を「全血血糖」と言います。糖尿病でインスリンを使用されている方は、ご自身の指先で血糖測定をしている方もいらっしゃると思います。
低血糖は血液中の液体成分である血漿内のブドウ糖の濃度が低下した状態を意味します。全血血糖では測定値が血漿血糖より10㎎/dlほど低く出るとの報告もあり、一般には血糖値が70㎎/dl以下を目安に「低血糖」と呼んでいます。そして、著しく血糖値が低下した状態を「重症低血糖」と言い、腕からの採血の場合には血糖値60㎎/dl以下、指先からの血糖値は50㎎/dl以下が重症低血糖の目安とされています。なお、「低血糖」という用語は、疾患名ではなく血糖値が低下した状態を表現する病態名であり、低血糖を来す背景には、その原因が存在します。このため低血糖に関して重要なのは、まずは低血糖の存在を疑い、低血糖を確認し、その次にその原因を特定して対処していくことです。
低血糖の症状・所見
血液中のブドウ糖濃度が低下すると、人体を構成する細胞内へのブドウ糖供給も低下します。低血糖の影響を最も深刻に受けやすい臓器が、脳(中枢神経系)です。脳の神経細胞は、他の臓器の細胞とは異なり、エネルギー源としてブドウ糖しか利用できません。このため、低血糖は脳に深刻な障害を来し、症状が出現します。表1は低血糖時の自覚症状と他覚的に確認された所見について、筆者が国内の症例報告論文のまとめたものです。実際の医師の文献報告に使用された表現をできるだけそのまま記載しています。
この表を見ると低血糖は多彩な症状を呈することが分かります。しかし、実はこれらの症状は、その由来により大きく2つに分けることができます。1つは低血糖に対する交感神経の興奮による症状です。そして、もう1つは低血糖による脳の神経細胞の障害による症状です。
表1. 低血糖時の症状と所見 (実臨床で遭遇する所見)
全身症状 | 脱力感 全身倦怠感 空腹時の倦怠感 ふらつき 空腹時のふらつき 易疲労感(疲れやすい) |
頭部周囲の症状 | 頭痛 めまい 空腹時のめまい 生あくび 眠気 |
眼・視覚 | 霧視(目のかすみ・かすみ目) 瞳孔散大(瞳孔が大きく開いている) 一過性の視力障害 眼振 複視(物が二重に見える) |
循環器症状 | 動悸(ドキドキする) 頻脈(脈が速い) |
皮膚症状 | 冷や汗 多汗 発汗亢進 空腹時の冷や汗 |
顔面 | 顔面蒼白(顔が白い・顔色が悪い) |
消化器症状 | 強い空腹感 飢餓感 吐き気 嘔吐 |
手・指 | 手指振戦(手指の震え) 手の振戦(手の震え) |
意識・行動 | 意識障害 空腹時の意識障害 意識消失・意識消失発作 傾眠・傾眠傾向 昏睡・昏睡状態 異常行動・奇異行動 意味不明な言動 |
精神症状 | 抑うつ うつ状態 無気力 意欲低下 不安・不安感 焦燥感 不穏、錯乱、興奮 せん妄 パニック発作 神経質、易刺激性 |
思考・記憶 | 集中力低下 思考力低下 記憶障害 記憶力低下 認知機能低下 見当識障害 |
けいれん | けいれん発作 けいれん重積 |
運動障害 | 体動困難(うごけない) 動作緩慢(動作がゆっくり) 半身麻痺(半身が脱力) 四肢麻痺(四肢が脱力) 下肢脱力感 空腹時の脱力感 失調(ふらつき) |
言語障害 | 呂律緩慢 失語症 発語困難 呂律緩慢(構音障害) |
感覚障害 | 口唇のしびれ 上下肢感覚障害 四肢のしびれ 手足のしびれ |
※筆者調べ(国内論文のみ)
※本表は軽度低血糖から重度低血糖の症状所見を含む
※本表は重症度および中枢神経症状と自律神経症状は分類はしていない
血糖値がおよそ70~50㎎/dlで見られる症状は主に、低血糖に対する自律神経の1つである交感神経の興奮による症状です。交感神経の興奮は、アドレナリンの分泌による動悸や頻脈、冷や汗、手や指先の震え(振戦)、顔面蒼白、不安感等の症状を出現させます。また、脳の神経細胞の低血糖症状として、頭痛や気持ち悪さ、空腹感、倦怠感、脱力感を感じることもあります。交感神経の興奮症状は、脳の神経細胞の障害の症状よりも先に出現するため、低血糖の「警告症状」と表現する論文もあります。
血糖値がより低下する重症低血糖では、脳の神経障害の症状がより強く出現します。その代表的な症状が意識障害です。救急外来で頻回に遭遇する低血糖の患者さんの多くは、意識障害(意識状態の異常)で搬送されます。意識障害も大きな幅があり、眠気を自覚する程度から意識朦朧(もうろう)の状態、あるいは意識が全くない状態、さらには昏睡状態など、意識障害の重症度はさまざまです。
また、低血糖により不穏や錯乱と言われるような興奮状態や異常行動、あるいは意味不明な言動がみられることもあります。これらの症状は、一見するとまるで脳炎や精神疾患のように見えてしまうこともあります。
さらに低血糖は脳卒中と非常に類似した症状を呈することがあります。具体的には、半身の運動麻痺、あるいは四肢運動麻痺です。また低血糖では、しびれなどの感覚障害や、呂律(ろれつ)が回らずうまく発語ができない構音障害、言葉の理解や発語が障害される失語症なども報告されており、これらの症状も脳卒中の典型的な症状と非常に似ています。
実際、救急外来では、脳卒中を疑われ救急搬送された方が、実は脳卒中ではなく低血糖であったという事例を時々経験します。そして、低血糖では、てんかんのようなけいれん発作を生じることもあります。これも低血糖により脳の神経細胞がダメージを受け、悲鳴をあげるかのように誤った電気信号を発することに由来していると推測されます。
このように重症低血糖は、一見すると脳卒中やてんかん、あるいは脳炎、精神疾患のような症状を来します。このため、実際の医療現場では意識障害や脳卒中症状、てんかん症状を呈する患者さんが搬送されたら、とにかく迅速に血糖測定をして低血糖の有無を確認します。また、すぐに血糖を確認できない状況の場合には、低血糖の可能性に備え、予めブドウ糖を投与することもあります。重症低血糖が、脳に修復不可能なダメージ来す恐れがあるため、低血糖は一刻を争う緊急の状態なのです。
一方、低血糖の症状が、うつ状態や意欲低下などの精神的な症状を来す場合もあり、何となく体調がすぐれない、気が滅入る、体がだるいなどの症状を、うつ病と勘違いされ、精神疾患として治療されていた事例も報告されています。このような事態を避けるため、うつ状態の患者さんに遭遇したとき、いきなりうつ病とは決めつけずに、低血糖をはじめとする身体疾患の可能性をしっかり調べることが重要になります。
早期に低血糖の存在に気付くために
ここまで低血糖の症状を概説してきました。低血糖の症状は多様ではありますが、空腹の時間帯に高頻度に出現する症状や、空腹の時間帯に悪化する症状は、低血糖による症状である可能性を想定する必要があります。また、糖分摂取で症状が消失する場合、もしくは改善する場合はより一層、低血糖の疑いが強くなります。
低血糖の症状以外で低血糖の存在を疑うのに役立つものは、日頃の健診や外来で受ける血液検査の血糖値だと筆者は考えています。糖尿病治療をしていない方が、空腹で採血した血糖値が70㎎/dl台である場合、健診前に食事を抜いたことによる生理的な血糖の低下なのか、それとも何らかの低血糖を来す疾患が隠れているのか判断に迷います。しかし、一般には空腹でも70㎎/dlを下回ることはほとんどないとされ、血糖値70㎎/dl以下になる場合は、何らかの低血糖を来す病態が存在するものと考えて、対処していくのが望ましいと考えられます。また、長期の血糖推移を示すHbA1cも一緒に低値であれば、さらに慢性的な低血糖の存在を疑っていきます。
無自覚低血糖も存在する
ここまで、低血糖の症状にフォーカスをお話しました。しかし、注意すべきことがあります。それは自覚症状がない「無自覚低血糖」の存在です。
実は長年、糖尿病に罹患していると、糖尿病の神経障害で自律神経系がダメージを受けて、本来、低血糖で生じる交感神経の興奮症状が見られない場合があります。また、慢性的に頻回に低血糖を繰り返すと低血糖症状を生じなくなることが報告されています。さらにβ遮断薬と呼ばれるカテゴリーの心不全治療薬や降圧剤を服用していると、低血糖に対する交感神経の興奮がブロックされてしまい、低血糖になっていても自覚症状がない「無自覚低血糖」という状態を来すことがあります。
無自覚低血糖の場合、自分自身も周りの人も低血糖に気付かないため、いきなり意識消失やけいれん発作の症状が起きるということもあります。このため、低血糖の症状がないから絶対に低血糖は起こしていないとは、言い切れない場合があることを知っておく必要があります。
次回のコラムでは低血糖の原因について詳しくお話します。ここまでお読みくださいまして、ありがとうございました。
【主な参考文献】
糖尿病治療に関連した重症低血糖の調査委員会報告.糖尿病学会60巻12号P826-842.2017
救急外来における低血糖症例の検討.日本救急医学会雑誌24巻7号P391-398.2013
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中枢神経系の後遺症を残した低血糖昏睡3例の臨床像.糖尿病49巻4号P267-273.2006
低血糖昏睡.日本内科学会雑誌93巻8号P1525-1531. 2004
下垂体機能低下症.日本内分泌学会雑誌98巻S.HPT号.P90-92. 2022
心易疲労感・食欲不振などの症状からうつ病を疑われ紹介となったACTH単独欠損症の1例.心身医学55巻3号P261-268. 2015
うつ病とされてきた慢性副腎皮質機能低下症の1例.日本プライマリ・ケア連合学会誌37巻3号P265-267. 2014
うつ病が疑われ心療内科に紹介された下垂体性副腎皮質機能低下症3例の特徴.心身医学56巻11号P1134-1139. 2016
頻回の低血糖発作により判明した維持透析患者の続発性副腎不全の1例.高知赤十字病院医学雑誌.27巻1号P119-122. 2022
夜間低血糖によりhemichorea-hemiballismusを来した1例.神経治療学40巻2号P112-116. 2023
血糖コントロールに関する新規質問表の作成とそれを用いたインスリン治療患者の低血糖・高血糖発現の実態把握の試み.糖尿病48巻1号P19-32.2005