健康という資産価値を維持するために

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                             医師 加藤 開一郎

 全ての物価が上昇傾向にある昨今、老後の生活費のための資産運用という言葉もよく耳にします。一方、「体が資本」という言葉があるように、筆者は健康な体も大切な資産だと考えており、体の資産価値を減らさないことが重要だと考えています。健康な体は、労働を通じ収入を得る機会をもたらし、病気による大きな出費を減らし、働けなくなるリスクを減らしてくれます。しかし、人は必ず老いて体の至る所に老化の影響が出ることは避けられません。それでも自身の体を可能な限りメンテナンスし、健康という資産を減らさず、維持するかは、高齢になった時の生活の質を考える上で、とても重要なことです。

 私たちが歳を重ねていく中で、体の資産価値を減らさないために、特に注意を払わなければならない臓器の1つが「動脈」です。中高年以降に発症する疾患は、がんや感染症を除くと、その多くが動脈のトラブルに起因しています。脳梗塞、脳出血、くも膜下出血、心筋梗塞、狭心症、大動脈解離、大動脈瘤、心臓弁膜症、腸管虚血、下肢の虚血性疾患など、ここに挙げた疾患は全て動脈が詰まる、あるいは破裂することにより生じる疾患です。このような動脈のトラブルの背景にあるのが、いわゆる動脈硬化です。

 上記に挙げた疾患以外にも、認知症の約20%は動脈硬化を背景とした脳血管性認知症です。目の網膜動脈も動脈硬化で閉塞・破裂出血することがあり、時として視力に重大な影響を及ぼし、日常生活に大きく影響します。腎臓に目を向ければ、動脈硬化のリスクは、慢性腎臓病(CKD)のリスクでもあります。また、慢性腎臓病自体が動脈硬化のリスクにもなります。また、血液を送る腎動脈に強い狭窄をきたすと、腎臓から血圧上昇を促すホルモンの分泌を促進し、血圧が上昇し、より動脈硬化を進行させかねません。

 このように、動脈硬化は全身の多くの臓器に多大な影響を及ぼします。言い換えると動脈という臓器の損傷や劣化を最小限にし、動脈の内腔に余計な物(プラーク)の蓄積を防ぎ、きれいな状態に保てるかどうかが、中高年以降の健康状態を大きく左右するといっても過言ではありません。

 表1.動脈硬化のリスク

・LDLコレステロールの上昇
・HDLコレステロールの減少
・中性脂肪の増加
・高血圧
・喫煙
・糖尿病
・肥満
・高尿酸血症
・慢性腎臓病
・大量飲酒

 ここで動脈硬化を進行させる主な因子をあらためて確認したいと思います。表1に動脈硬化を進行させる主要な原因を列挙してみした。いわゆる生活習慣病と言われる疾患は全て動脈硬化のリスクとなっていることが分かります。

■健診で測定されるコレステロールの種類

 ここからは、動脈硬化の原因の1つであるコレステロールにフォーカスしたいと思います。健康診断で測定される主なコレステロールには、LDLコレステロール、HDLコレステロール、総コレステロール、Non-LDLコレステロールがあります。各コレステロールについて要点を下の表にまとめました。

  LDLコレステロール・肝臓から血液中のコレステロール 
 を全身に運搬する リポ蛋白。
・悪玉コレステロールとも呼ば
 れる。
・LDLコレステロールが増加すると 
 動脈硬化の 原因となる。
  HDLコレステロール・血液中のコレステロールを回収
 し、肝臓に戻す働きが ある。
・善玉コレステロールとも呼ばれ
 る。
・HDLが低下すると動脈硬化が促進
 されてしまう。
  総コレステロール  ・コレステロールの総量を反映する ・総コレステロール=LDL+HDL  
 +中性脂肪値の1/5で計算  
 ※LDLコレステロールが直接測定
 できなかった時代は、総コレステ 
 ロールからLDLコレステロールを
 計算していた。LDLが直接測定で
 きるので、現在は測定されないこ
 とも。
Non-LDLコレステロール・Non-LDLコレステロールはHDL 
 以外のコレステロール
・Non-LDL=総コレステロール 
 ―HDLで計算できる。
・Non-LDLの上昇は動脈硬化のリ
 スク

■健診でコレステロールの異常を指摘されたら

 健診でコレステロールの上昇を指摘されたら、まずはどの種類のコレステロールが異常なのか確認します。動脈硬化の原因としてLDLコレステロールの上昇は有名ですが、善玉コレステロールのHDLコレステロールの低下も動脈硬化のリスクです。このためHDLコレステロールが低くないかも確認します。ちなみに総コレステロールは一般にLDLコレステロールの上昇を反映します。しかし、時としてHDLコレステロールが高く、総コレステロールの値が高く出ている場合もあります。

■コレステロール上昇の原因は家族性高コレステロール血症に注意

 コレステロールの上昇には体質や遺伝性異常により発症する場合と、他の疾患を背景にしてLDLコレステロールが上昇する場合があり、例としては甲状腺機能低下症、ネフローゼ症候群、原発性胆汁性胆管炎などが知られています。

 LDLコレステロール上昇の原因を考えるとき、特に留意しなければならないのが、家族性高コレステロール血症の可能性です。家族性高コレステロール血症は、人口の300人に1人は存在するとされており、日本国内では30万人以上の患者さんが存在すると推測されています。家族性高コレステロール血症の場合、若年時よりLDLコレステロールが高く180㎎/dlを示します。そして、動脈硬化は小児期からすでに始まり、若年時から狭心症・心筋梗塞を発症し、若年死の原因となります。このため、健診で若いときからLDLコレステロールが180㎎/dl以上の時は、すみやかに専門医を受診することが必要です。

■L/H比にも気を付けましょう

 健診結果を見るときに、LDLコレステロールやHDLコレステロールのバランスも重要です。このバランスをみる指標がLDLコレステロールの値とHDLコレステロールの比であるL/H比です。L/H比は、「LDLコレステロール値÷HDLコレステロール」で求めることができます。

 L/H比の基準値は1.5未満で、L/Hが2.0を超えると血管壁にコレステロールが蓄積しはじめ、2.5以上になると動脈硬化や血栓のリスクが高くなるといわれています。例えば、LDLコレステロールが160㎎/dl、HDLが40㎎/dlとします。このときL/H比は4.0となり非常に動脈硬化を来しやすい状態であることが分かります。ちなみに、この値は筆者の今年の健診の数値です。慌てて薬を飲み始めました。

 LDLコレステロールやHDLコレステロールの値だけを見ていると、何となく動脈硬化のリスクがピンとこない場合でも、L/H比を計算し、自身のコレステロールのバランスを見てみると、動脈硬化のリスクがより分かりやすく把握できるかもしれません。

■LLDコレステロールの管理目標は個々人に違う

 LDLコレステロールの異常が見つかった時、どんな治療をすればいいのか、あるいは直ぐに薬を飲み始めたほうがいいのか、迷われる方が多いと思います。その時に参考になるのが、目標は「LDLコレステロールの管理目標」です。これは普段、LDLコレステロールをどこまで下げておけば良いかを示してくれる値です。冠動脈疾患や脳梗塞の既往がない状態で、これから生じる疾患を予防することを一次予防といいますが、この場合は、冠動脈疾患発症のリスクが低リスクの方はLDLコレステロールの160㎎/dl未満、中リスクでは140㎎/dl未満、高リスクが120㎎/dl未満と3段階あります。自身のリスクが低~高リスクのどれに該当するかは、年齢・性別、喫煙の有無、普段の血圧、HDLコレステロールの値、LDLコレステロールの値、耐糖能異常の有無、過去に早発性の冠動脈疾患(狭心症や心筋梗塞)を起こしていないかどうかから判断します。また、糖尿病、CKD、非心原性脳梗塞、末梢動脈疾患のいずれかの合併があれば、リスクは高リスクとなります。各自がどのリスクに該当するかを確認した上で、管理目標となるLDLコレステロールが決まります。

 さらに冠動脈疾患の二次予防(再発予防)では、合併症の有無により目標LDLコレステロールが100未満で、合併症の有無により管理目標値が70未満となる場合があり、一次予防と二次予防を合わせるとLDLコレステロールの管理目標は5段階もあります。このため自身のLDLコレステロールの目標値を正確に把握するのは、若干複雑な感があります。これに対し、日本動脈硬化学会のホームページでは、動脈硬化リスクを計算できるサイトや計算アプリを準備しています。お時間が許せば、一度ご覧いただければと思います。

■薬物治療開始のタイミングについて   

 健診や病院の検査でLDLコレステロールが基準値を超えていることが確認されたとき、いきなり薬を飲み始めることに抵抗を感じる方も多いと思います。動脈硬化予防ガイドラインでも、薬物治療について、いきなり薬剤治療を開始せずに3~6ヶ月は生活習慣の改善によるLDLコレステロールの改善が期待できないか試みるとされています。しかし、ガイドラインにはLDLコレステロール180㎎以上が持続する際は、生活習慣の改善とともに直ぐに薬剤治療の開始を検討してもいいとも記載されています。このため、LDLコレステロールの値とリスクに応じた対応が必要と言えます。

■最後に   

 動脈硬化は若年時からはじまります。そして、動脈硬化は無症状で進行していく怖さがあります。いったん動脈硬化で動脈が硬くなると、それを柔らかくする方法はありません。また、細くなった動脈をカテーテルなどで広げる治療も普及はしていますが、それなりのリスクを伴います。このため、若年時から動脈をできる限りきれいな状態に保つように心がける必要があります。

 幸いにも動脈硬化を来す疾患の多くが、現代医療で適切なコントロールが可能となっています。このため、自身の動脈硬化リスクを知り、できる限り予防できるものはしっかり予防していただければと思います。今回のコラムで取り上げたコレステロールについて申し上げれば、とにかく大切なのは何年もLDLコレステロールが高い状態を放置しないことが大切です。少し面倒かもしれませんが、これを機に一度、自身のLDLコレステロールの管理目標値を確認してみてはいかがでしょうか。

【文献・資料】

動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022年版

一般社団法人 日本動脈硬化学会HP

    

    

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