睡眠障害を考える1回目―睡眠はなぜ必要なのか? 

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医師 加藤 開一郎

 米大リーグで活躍中の大谷翔平選手があるとき、「1日があと1時間増えるとすれば、その時間を何に使いますか」と質問されたことがあります。大谷選手は「睡眠に使います」と答えたそうです。普段から10時間近い睡眠時間を取るとされる大谷選手は、眠ることをとても重視しており、圧倒的なパフォーマンスの背景には、良質な睡眠があることが伺えます。

 しかし、多くの現代人にとって、睡眠の大切さを頭では理解していても、上手く眠れないという方が、少なくないのではないでしょうか。疫学調査では20歳以上の成人の慢性不眠症の罹患率は20%を超えており、多くの人が不眠に悩まされている実態があります。今回はそんな睡眠についてお話します。

 「睡眠障害」は睡眠に関連する疾患の総称で、大きく分類すると「不眠症」、「過眠症」、「睡眠時随伴症」に分かれます。しかし、実際のところは、不眠症が睡眠障害の中で大きな割合を占めます。このため、不眠症をさして睡眠障害と意味していることもあります。「不眠症」はいくつかのタイプに分類されます。以下に不眠症の分類をお示しします。

(1)入眠障害:眠りに入れない、俗にいう「寝つきが悪い」の状態

(2)中途覚醒:眠りが浅く、何度か起きてしまい、睡眠を長く維持できない状態

(3)早朝覚醒:早朝に目覚めてしまい、再び眠りに入れない状態

(4)熟眠障害:眠りに入っているが熟眠感が得られない状態

 不眠症の場合、上記(1)~(4)の1つ該当している場合もあれば、複数該当していることもあります。不眠症の治療においては、この不眠症のタイプが不眠症の治療方法に関わります。次に不眠症がもたらす症状をいま一度確認したいと思います。

【不眠症による症状例】
疲労感、倦怠感
注意力の低下
集中力の低下
記憶力の低下
社会生活、家庭生活、業務の支障
学業成績の低下
気分不良
イライラ
抑うつ気分
焦燥感
日中の眠気
問題行動(過活動、衝動性、攻撃性)
意欲(やる気、気力、自発性)の低下
過失・事故トラブル
※睡眠障害国際分類第3版より引用改変

 睡眠不足による日常生活への影響は非常に大きく、過小評価してはならないと改めて感じます。しかし、人はなぜ睡眠を取らなければならないのでしょうか。実は睡眠の役割や意義については、諸説ありますが、いまだに明確な答えは解明されていません。そんな中、井上昌次郎氏が「ヒトや動物はなぜ眠るのか」という論文において睡眠の意義について脳や神経の観点から睡眠を論じています。

 同氏によれば、人類をはじめとする高等動物をコントロールしている大脳は、連続運転が最も苦手な臓器で、その大脳を管理するために進化した自律機能が、睡眠であるといいます。睡眠は大脳を守り、修復し、よりよく活動させる役割を担っていると同氏は述べています。

 たしかに、これまで実施された断眠実験でも、生体機能が劣化することが証明されています。また、これまでの研究では、高等動物になるほど、長時間の睡眠時間を必要とすることがわかっています。これには脳の大きさの関与が指摘されており、大脳皮質が大きく発達した人類は、他の動物と比較し、より長時間の睡眠が必要とされます。

 井上氏の「睡眠が大脳を守り、修復する」について、もっとミクロレベルで何が起きているかは、まだ仮説の域を出ません。しかし、睡眠が十分に取れたときとそうでないときの違いからの推測ですが、睡眠の役割に「神経細胞同士の結合」と「神経伝達物質の合成」があるのではないかと考えています。

 テスト勉強で頭に詰め込み過ぎて、勉強した当日は頭がこんがらがっても、十分に睡眠が取れると、翌日には記憶が整理され定着していることは、皆さんも経験されていると思います。記憶の整理と定着には、神経細胞同士の連絡結合が重要であり、これをなすためには、一旦睡眠という形で意識レベルを低下させ、神経細胞の成長の時間を確保するのではないかと考えています。

 また、神経は電気的シグナル以外に神経と神経でシグナルを伝達するために神経伝達物質を介したやりとりをしています。覚醒している間は、常に神経伝達物質が使用され消費し続け、覚醒中は神経伝達物質の生産量よりも消費量が多いと想像します。このため、どこかのタイミングでアミノ酸から神経伝達物質を生成し、神経細胞に蓄えて、次の覚醒中の活動に備える必要があり、このプロセスが実行される時間に相当するのが睡眠なのではないかと筆者は想像しています。

 ここで念頭に置かなければならないことは、睡眠は自律機能であるということです。つまり、眠ろうと意図しても眠りに入れるものではなく、脳は人間の意思と関係なく眠りに入るということです。このため、人は脳の自律機能を自ら阻害しないことが重要になってきます。

 18世紀の電気の発見に続く照明の発明は、人類が太陽の動きとは関係なく、夜間でも活動できることを可能にしました。その後、テレビ、パソコン、スマートフォンの普及により、昼夜関係なく私たちは仕事や動画閲覧のほか、ゲームなどができるようになりました。しかし、その分だけ、夜間に脳が興奮・覚醒し、睡眠に入る機会を逸している可能性があります。

 また、カフェイン入りの食品や飲料がより身近になっている昨今、このように私たちの周りには、覚醒し続けるように働くもので溢れています。これが本来、人類が動物として有していた脳を守り修復する自律機能である睡眠を阻害する大きな因子となっていると考えられます。現代社会の環境変化に対し、人類の生命体あるいは動物として有している生体機能がそう短時間には進化・適応することは難しいからです。

 冒頭の大谷選手の睡眠の話ではありませんが、いま一度、睡眠の大切さを意識した生活を心掛けたいものです。次回は睡眠について、自律神経との関係も踏まえ、さらに深掘りしたいと思います。

<引用参考文献>
睡眠障害国際分類第3版
井上 昌次郎. ヒトや動物はなぜ眠るのか. バイオメカニズム学会誌20巻4号
P181-184 ヒトや動物はなぜ眠るのか (jst.go.jp)

木村 昌由美ら.睡眠・覚醒と脳.BME14巻11号P5-12.2000年 睡眠・覚醒と脳 (jst.go.jp)

土井由利子.日本における睡眠障害の頻度と健康影響.保健医療科学61巻1号P3-10. 2012年 保健医療科学.2012;61(1) (niph.go.jp)

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