医師 加藤 開一郎
はじめに
現代社会において、認知症は高齢化とともにその罹患率が上昇し、深刻な健康問題となっています。進行性の脳の疾患である認知症は、単なる物忘れとは異なり、記憶や思考、行動に影響を及ぼします。そのため、認知症は、早期に診断し、病型に適した治療を開始することが、患者本人はもとより、家族や社会全体にとっても極めて重要です。しかし、どれほど優れた治療方法が確立されても、患者本人が早期に医療機関への受診までたどり着かなければ、早期診断、早期治療は実現されません。本稿では、アルツハイマー型認知症を中心に最近の動向に触れ、今後、認知症の早期受診と早期治療開始を実現するための方策を考察したいと思います。
おもな認知症
認知症は、脳の神経細胞が徐々に破壊されることによって生じる一連の症状の総称です。代表的なものにアルツハイマー病、脳血管性認知症、レビー小体型認知症などがあります。これらの病気は、それぞれ異なる原因や症状を持ちますが、共通して記憶力の低下、判断力の低下、言語障害、行動異常などを引き起こします。
アルツハイマー型認知症は、脳にアミロイドβという異常な蛋白質が沈着し、正常な脳神経細胞が破壊されることにより、認知症を生じる疾患です。これに対し、脳血管性認知症は、動脈硬化を背景に、脳の血管が細くなり、閉塞することで、脳に小さな脳梗塞が蓄積し、これが認知機能の低下を招きます。このため、脳血管性認知症の予防のためは、高血圧、脂質異常症、糖尿病や喫煙などの動脈硬化リスクを適切に管理することが重要です。なお、アルツハイマー型認知症と脳血管性認知症は、併存していることも少なくありません。
アルツハイマー型認知症治療薬の最近の動向
ところで、アルツハイマー型認知症の治療薬について、2023年と2024年に大きな動きがありました。従来の治療薬とは全く異なる作用機序を持つ2つの新薬が、厚生労働省により承認されたのです。それがレカネマブ(製品名:レケンビ®)とドナネマブ(製品名:ケサンラ®)の2つです。
従来のアルツハイマー型認知症の薬物療法では、アセチルコリンエステラーゼ阻害薬やNMDA受容体拮抗薬が使用されることが一般的でした。これらの薬物は、認知機能低下の症状の進行を遅らせる効果があると言われるものの、根本的に認知症の進行を止める薬剤ではなく、アルツハイマー型認知症を根本から治すという薬剤ではありませんでした。これに対し、今回、承認された2つの新薬は、アルツハイマー型認知症の原因物質であるアミロイドβを除去する作用を持ち、より根本的な治療アプローチが期待される薬剤となります。
早期受診の重要性とその難しさ
認知症は、早期に発見し、病型に応じた対応を開始することで生活の質の低下を最小限にすることが期待できます。しかし、アルツハイマー型認知症や脳血管性認知症は、すでに進行してしまった場合、認知機能を回復させることは非常に困難です。このため、早期に発見し、早期の治療介入が重要で、治療開始時期が患者さんの生活の質を大きく左右します。早期治療の開始には、まずは早期受診が理想的であることは言うまでもありませんが、筆者自身は早期受診には大きな障害があると感じています。このため、このハードルのために診療のスタートラインに立てない患者さんもいるのではないかと考えます。
早期受診を難しくするハードルの1つ目が、初期の段階に認知機能低下を患者自身や家族が気づくのが難しい点です。物忘れが頻繁になり、日常的な会話や生活に支障をきたすようになり初めて、ご家族は受診の必要性を認識されるケースが多いように感じています。よく認知症の早期発見のためには、ご家族が注意深く観察し、早期の兆候を見逃さないことが重要ですと言われます。しかし、一緒に暮らしているご家族であるが故に、日々の変化に慣れてしまい、認知機能の低下を異常として認識できず、早期治療のタイミングを逸する可能性もあります。
また、早期受診を妨げる2つ目は、病識の欠如、または病気を認めたくない心理です。認知症の初期の場合、自身の認知機能低下について、病識がない人が相当数いるのではないかと推測します。「この程度ならわざわざ受診の必要性はない」、あるいは、「もう年なのだから」と考えて、受診されない方も多いのではないでしょうか。
たしかに、加齢に伴う生理的な認知機能の低下はあります。しかし、早期に認知症を発見するという観点では、本人や家族が生活に支障を感じる前から、認知機能の低下を検知する必要があります。また、認知症がかなり進行すると、自身が認知症であることの自覚がさらに難しくなり、病識がありません。このような状況では、家族が認知症の症状のため、病院に連れて行きたくても、本人に認知症の自覚がありませんので、なかなか医療機関への受診が難しく、やむなくご家族だけで相談に来られるケースも多々経験します。
認知症の早期受診の実現のために
私は認知症の早期発見と早期受診を実現するため、一定の年齢に達した方は、健康診断において、認知機能検査(HDS-R・MMSE等)を必須の検査として取り入れるべきだと考えています。
進行した認知症であればご家族も気が付けると思いますが、早期の認知機能低下を日常生活の中から、ご家族が見出すことは非常に難しいと私は考えます。このため認知症の早期発見のためには、定期的に認知機能検査を受けるのが一番だと考えます。健康診断に定量的な認知機能検査を組み込むことが実現すれば、認知機能の推移を数値で経年的に追跡することが可能となります。そして、同じ年代の人の認知機能の値と比較することで、現在の認知機能が正常内なのか、それとも病的な認知機能低下が存在するかを評価できます。また、この認知機能検査の数値は、治療効果の評価にもそのまま利用可能です。
どんなに素晴らしい薬剤が開発されても、患者さんがそこにアクセスできる仕組みがなければ、その恩恵が患者さんに届きません。このため、私は健診において認知機能検査が当たり前となり、システム的に認知症を早期発見し、受診を促す流れが必要だと考えます。
参考文献
認知症診療ガイドライン2017