「疲れた時にどう対処していますか?」と一般の人に尋ねたところ、多くの人が活用しているのは入浴、笑い、アロマ、マッサージ、体操、指圧、漢方薬、音楽などでした。
そこで、今回は科学的効果が明らかになってきた森林浴とみどりの香りの科学的効果についてご紹介いたします。
■森林浴でリフレッシュ
林野庁のウェブサイトには、森林浴にはがんやウイルスからからだを守るために大切な働きをしているNK活性(※1)などの免疫力を高める効果がみられることや、心身の癒しと関係している副交感神経活動が高まり、ストレス時に高まる唾液中のコルチゾール濃度が低下することなどが紹介されています。
※1体内のNK細胞がウイルスに感染した細胞やがん細胞をどれだけ効率的に攻撃できるかを示す指標
私たちは大学生12人の協力を得て、精神的な作業を3時間続けた後に、都市環境と森林環境で2時間休息した場合の違いを調べてみました。その結果、気分の落ち込み、イライラ感、活力、不安感、意欲などの自覚症状は、明らかに森林環境の方が大きく改善していることが分かりました。
さらに、精神作業を3時間するだけで血液中の酸化ストレスが上昇していましたが、森林環境で2時間の休息を取った場合は酸化ストレスが減少して元に戻りました。しかし、都市環境で2時間休息を取った場合は回復がみられなかったのです。
このような違いの理由としては、森林浴ではそよ風が肌に触れ、鳥や虫たちの声を聞くことによる快適感や、静寂な環境に身を置くことによる精神的安定、森林の緑が目の疲れを癒す効果などがみられ、神経系を介して免疫系や内分泌系の変化がみられると考えられています。また、木が放出するフィトンチッドなどの香りによる殺菌作用やリラックス効果なども関係していることも分かってきています。
■緑の香りの抗疲労効果
みどりの香りの主成分は、青葉アルコール、青葉アルデヒドです。この香りをネズミに嗅がせてみますと、元気な時には変化はみられませんでしたが、疲労モデルのネズミでは活動量を増やす効果がみられることが分かりました。
さらに、よりヒトに近い動物であるサルで調べたところ、みどりの香りには単純作業に伴う反応時間の低下を改善する効果がみられ、その時の脳の中を覗いてみると前頭葉の一部が活性化していることも確認されました。
そこで、24人の大学生を対象に7日間、みどりの香りを入眠時に30分間使用して、その前後の変化を調べたところ、みどりの香りを7日間使用後は疲労や抑うつの得点が有意に改善していました(図1)。

疲労回復には、質の良い睡眠が重要であることが良く知られています。そこで、香りを嗅ぐ前の3日間(前)、香りを嗅ぎ始めて1-3日目(中)、香りを嗅ぎ始めて5-7日目(後)における睡眠効率を調べてみたところ、睡眠効率が95%未満の睡眠障害がみられる9人では香りを嗅ぎ始めて1-3日目(中)より回復がみられ、5-7日目(後)には有意な睡眠効率の改善が確認され、みどりの香りによる疲労回復効果の一端が明らかになってきました(図2)。

生活環境ストレスに伴う疲労においても、疲労の増悪とともに相対的な交感神経の過緊張な状態に陥ることが知られていますが、みどりの香りには精神活動に伴う相対的な交感神経の過緊張を和らげる効果も報告されていますので、今後の活用が期待されています。
■補助療法は医療専門家と相談することが重要
1. ヨガと瞑想の効果:
ヨガや瞑想は自律神経バランスを整え、ストレスや不安を軽減する効果があります。一部の研究では、ヨガの実践者は座っている人よりも自律神経のホメオスタシス(※2)能力と自律神経のレジリエンス(※3)が高いことが示されています。また、瞑想のモニタリングには心拍変動分析アルゴリズムが提案されています。これは自律神経の活動を定量化するためのもので、瞑想の効果を評価する一つの手段とされています。
※2外部環境や体内の変化に対して、生命維持に必要な生理機能を一定の範囲内に保とうとする生体の恒常性維持機能
※3 困難な状況やストレスに直面した際に、しなやかに立ち直り、適応していく力
2. 音楽療法とリラクゼーション:
音楽療法は自律神経の調和を促進し、心拍数や血圧、ストレスホルモンのレベルを下げる効果があります。音楽と自律神経との間には相互作用があり、音楽が自律神経系の活動に影響を及ぼし、物理的、感情的、認知的健康に寄与することが示唆されています。
3. バイオフィードバックと自律神経:
バイオフィードバックは自己の自律神経の活動について学ぶ方法で、心拍数や筋肉の緊張などの身体の特定の機能をモニタリングします。バイオフィードバックトレーニングはストレスへの反応を変える行動療法の一種で、症状(例えば、痛みや筋肉の緊張)の軽減に非常に成功しています。さらに、このトレーニングは精神療法と組み合わせて使用すると、特に持続的な効果があります。
4. アロマセラピーと自律神経の調整:
アロマセラピーは特定のエッセンシャルオイルの香りを利用して心と身体をリラクゼーションさせ、ストレスや不安を和らげ、より良い睡眠を促します。エッセンシャルオイルの吸入は、オルファクトリ(嗅覚)系への信号を伝え、脳を刺激して神経伝達物質(例えば、セロトニンやドーパミン)を分泌させることで、気分を調節します。ラベンダーやレモン 、ベルガモットなどの各種エッセンシャルオイルは、ストレス、不安、抑うつ、そして他の気分障害を軽減するのに役立つとされています。
5. マッサージ療法:
マッサージ療法は身体の筋肉をほぐすだけでなく、自律神経にも影響を与えます。特にストレスや緊張を感じている時、マッサージは自律神経の活動を調節し、リラクゼーションを促すことがあります。ただし、マッサージが自律神経に与える影響についての科学的な研究はまだ限られています。
これらの補助的療法は、自律神経のバランスを整え、ストレスを管理し、全体的な健康と幸福感を向上させるための重要なツールとなり得ます。ただし、個々の人に最適な療法は、その人の具体的な症状、生活習慣、健康状態などにより異なります。したがって、これらの療法を試す前には、医師に相談することが重要です。
【参考】 林野庁
https://www.rinya.maff.go.jp/puresu/h17-10gatu/1013sinrinyoku.html
監修 倉恒弘彦 大阪大学大学院医学系研究科 招へい教授