【第12回】大好きな町で愛犬と共に暮らす。幼なじみの友達と浅草の人情にありがとう

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浅草雷門から近い『鈴楼』は真っ赤な内装が印象的なバー。愛犬トモと一緒に立ち寄る馴染みのお店
あなたがいたから頑張れた ありがとうの物語
戸山純子さん

戸山純子さん プロフィール

1952年 東京都台東区出身 ウェブデザイナー
30代まで小劇場の女優として活動。32歳の時、銀座でコーヒー専門店を開店し8年間オーナーとして運営を行う。その後、友人の依頼でカウンターバーの開店を手伝い13年間運営に従事。52歳のころリウマチと診断されるが治療により現在はほぼ寛解状態にある。フリーランスのウェブデザイナーとして企業のサイトの画像処理やシステムづくりを担当する。

🍀介護、仕事で忙しい毎日を突然襲った関節の腫れと痛み

着物を日常着として楽しみたい。季節のタケノコをあしらった帯は江戸っ子らしい粋な着こなし

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———戸山さんはお元気そうですが関節リウマチ(以下リウマチ)という持病をお持ちなのですね。

 はい。現在は痛みもなく安定した状態ですが、約10年前の52歳の時にリウマチを発症しました。それ以前から関節痛のため整形外科を受診していたのですが…ある朝目覚めたら、手首と足首が腫れて、膝もぷっくりとボールのようで…大変な痛みでした。かかっていた整形外科でリウマチと診断され、リウマトレックスという抗リウマチ薬の飲み薬を処方され約1年間治療しました。

———リウマチは痛みの他に全身倦怠感がひどいそうですね

 はい。関節の痛みの他に熱が出る事もありました。リウマチの薬に加え炎症を抑えるためのステロイドの錠剤と点滴を1週間に一度打っていました。ステロイドを使うと顔がむくみ気分が悪くなるときもありますが、関節の痛みはすぐ引くんです。ただ、その効果は長続きしないので困りました。

———大変でしたね。当時体調をくずす原因となるようなことはありましたか?

 女優時代はかなり不規則な生活でしたね。32歳の時、銀行から3000万円を借金して銀座にコーヒー専門店を開店し8年続けました。業績は好調で借金も返済しましたが、事情がありお店は閉店しました。ほどなく友人が数寄屋橋でカウンターバーを開くというので、その企画から参加し運営を13年間手伝ってきました。仕事は多忙でしたね。その当時私は上野で一人暮らしをしていましたが父が亡くなって実家のある竹の塚(浅草から移り住んだ)に戻り、母と二人の暮らしが始まりました。母は抑うつ状態で、だんだん介護が必要な状態になっていきました。母は依頼心が強く1人では何も決断しないけれど、結構頑固で言い出したら聞かないタイプですから介護は大変でした。

———リウマチのような免疫系の病気になる方は、それ以前にご本人が意識しなくても何らかのストレスがかかっている場合も少なくないと聞きます。

 そうですか。当時、家族関係も大変でしたし、更年期で急に身体が熱くなり汗が噴き出すような症状も体験していました。特に原因は思い当たりませんが 仕事と介護が重なり気付かないうちに身体に負担をかけていたかもしれませんね。手足の関節にいくつもサポーターを付けて仕事に行っていました。

———その後の経過はいかがでしたか?

 私の場合は最初に通院した整形外科でもリウマチと診断され治療していましたが、約1年通っても症状が治まらなかったので、先生が荒川区の東京女子医大東医療センターのリウマチ科を紹介して下さいました。発症から1年後に生物学的製剤を使った本格的なリウマチの治療を始めました。私のように整形外科にかかっていても症状が長引く場合は、リウマチ専門医を早めに受診し、治療法について相談したほうがいいと思います。

🍀登場した新しいリウマチの治療薬に救われて

———そこではどんな治療をしたのでしょうか?

 私が今使っているリウマチの薬、生物学的製剤は、当時まだ出たばかりでした。「生物学的製剤というのは遺伝子組み換え技術によってできたもので、リウマチの原因となる炎症蛋白を直接的に抑え込むお薬のことです」と先生に説明されました。1ヶ月4万円以上の治療費がかかると知り大変驚きましたが、治りたい一心で使う決心をしました。最初はレミケードという生物学的製剤を試しました。半日かけて病院で点滴を受けるのですが、これが私の身体に合わなくて、発熱したり口の中に湿疹がでたりして大変でした。熱が上がると点滴できずに「熱が下がるまで待ちましょう」と言われ、朝10時に病院に行って終わるのが夜8時になんてこともありました。体質に合わなかったけれどリウマチ自体はこのお薬で良くなったんです。2ヶ月に1度、6、7回は点滴を続けたと思います。

———今もそのお薬を続けているのですか?

 いいえ。 「 つらくて我慢できない 」 と先生に訴えたところ別の生物学的製剤のヒュミラという薬に変更しますと言われました。こちらは点滴ではなく注射をするタイプです。最初は病院に注射のために通っていたのですが、自分でできるようになったので今では自己注射をしています。

よく立ち寄るホットケーキで有名な 喫茶『天国』のオーナーと

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———自分で注射するなんて怖くないですか?

 お腹に注射するので、もちろん痛いけど、病院で看護師さんが打つのとは違い自分のペースでできるので痛みは少ないですよ。自分なら液をゆっくり入れられますから。2週間に一度木曜日にお風呂上がりに打つと決めているので、入浴前に冷蔵庫からお薬を出し常温にしてから打つとあまり痛くないんです。私はこの自己注射のおかげで楽しく生活できています。ただリウマチの治療はどの薬が効くかも効果もかなり個人差があるようです。

———その自己注射だけで体調を管理できているのですか?

 自己注射に加えて、最初の整形外科で処方されたのと同じ飲み薬のリウマトレックスとステロイド剤のプレドニンも一緒に使っています。一時期、肝機能がだいぶ悪くなったことがあり6錠飲んでいたリウマトレックスを4錠に減らしたら、約3ヶ月くらいで肝臓の値は平常値に戻りました。毎月のお薬代が高いのが悩みですが、それでも早期治療により関節の変形が防げるそうなので、あの時迷わず決断してよかったと思います。おかげで関節の変形はありません。

🍀リウマチの痛みを忘れさせてくれた愛犬トモは人生のパートナー

———当時、リウマチの症状を抱えながらお母様の介護もなさっていたのですね。

 はい。母にはヘルパーさんが来てくれていましたが、私も関節が痛くて動けなくなり寝込むこともありました。私は不満や愚痴を言い続ける母と2人でいることに疲れ、パグの赤ちゃん「トモ」を飼うことにしました。当時の私には生活のスパイスみたいなものが必要だったのですね。その母が9年前に亡くなり独り身になった時、トモと一緒に竹の塚から生まれ故郷の浅草に再び戻ってこようと決めたのです。トモは私の大切なパートナーです。当時は体調が悪くトモを散歩に連れ出せない私を心配して姪の娘たちも自宅によく来てくれました。今は中1と高1になりましたが孫のように可愛いです。

チンドン屋さんと遭遇。この町ならではの突然出現する異空間に紛れ込む楽しさ

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———今マンションでの一人暮らし、毎日どんな風に過ごしていますか?

 朝7時頃に起きて朝ご飯を食べ、まず犬の散歩をします。今は主にウェブデザインの仕事をしています。パソコンは得意で銀座のお店をやっている時に独学で覚えたんですよ。だいたい午前中から4時ころまでパソコンで作業します。フリーランスですから時間の使い方は自由ですが規則正しく生活しています。ほかに依頼があるとレンタル衣装屋さんで着付けのお仕事もしています。一番頑張っているのが週2回ストレッチ体操に通うことです。お料理は得意ですね。なるべく野菜を多めに、タンパク質もとるよう栄養には気を使っています。でも夕方街を散歩していて誰かに誘われれば飲みにいったりすることもありますね。

観光客の方の着付けも楽しい仕事です

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観光スポットの中心にある行きつけの銭湯 蛇骨湯

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———今気をつけているのはどんなことでしょうか?

 そうですね。冷えると関節が痛みますので身体を冷やさない事ですね。リウマチの症状というよりも、年齢的な問題で身体の衰えが心配です。身体が痛いのかもしれないのですがリウマチの痛みとして強く感じないのは、もしかしたら慣れてしまって元の状態を覚えていないせいかもしれません。トモの朝晩の散歩もトモのためだけでなく自分のために身体を動かしたいという気持ちで続けています。

———他に健康法で実践している事はありますか?

 お風呂に入る事ですね。一番症状がひどかった時は身体が痛くて自宅の湯船に入る事すら大変だったのですが、そんな時でもひたすらお湯につかって身体を温めるとずいぶん楽になりました。今は時々銭湯 『蛇骨湯』にも行きます。

🍀病気になって気づいた弱さや生きづらさを抱えた人の気持ち

———病気をしてから変わった事はありますか?

 はい。なんだか人に寛容になりましたね。母も看取りましたしね。私自身は元気で活動的なタイプでしたので、昔は具合が悪いという人がいても、実は内心「大したことないのでは?さぼってるのでは?」という見方をしがちだったのです。このため「心が衰える」ということが実感としてよくわからなかったんです。でも自分がリウマチになって、毎日あちこちが痛く、なかなか治療法も定まらず、いろいろな事が自分の思い通りにならないというのを始めて体験して、弱さを持った人に優しくしようと思うようになりました。

———感じ方が変化したのですね

 そうですね。とはいっても、私は以前も今も1人でいることが苦痛ではないんです。べったり甘えあうような距離が近すぎる関係って苦手です。シンプルで普通の暮らしを淡々と送るのが自分らしいと思っています。今は規則正しい生活で薬もきちんと注射していますし体調に不安はないのですが、やはり地元に浅草の友達や幼なじみのみんながいることは心強く感じますね。

レンタル着物屋さんの社長とカフェバー『鈴楼』のスタッフ。浅草の若いお友達です

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———地元の方っていいですね。

 ええ、私より若い世代の浅草の友達といっしょに過ごすのも刺激があり楽しいです。それから同級生も多いです。雷門通りの鞄屋さんとか、橋場で大工やっている子、お豆腐屋さんとかね。商売していた人もみんな子どもが独り立ちしてもうのんびりしています。みんなどこか具合悪いとこがあるから病気の話もしますよ。血圧自慢になったりね。銀座のバー時代のお客さんも浅草にくれば声をかけてくれます。私にいろんな事を相談してくる人も多いんですよ。昔の友達に会えば一緒に過ごしてきた昔の時間に戻り、温かい気持ちになれます。「アタシ誰の世話にもならないわって!」なんてこっそり言うんですけど、やっぱり浅草は私の故郷。友達が近くにいることに「ありがとう」と言いたいです。

浅草の皆さん いつもありがとう!


インフォメーション:関節リウマチ

関節リウマチは自己免疫疾患の一つで、全国に70万〜80万人の患者がいると考えられています。病気の男女比は1対4と女性に多く、高齢者の病気のような印象ですが実は働き盛りの30~50歳代がかかりやすい病気です。免疫の異常により関節の滑膜という組織に炎症が生じます。関節痛に加え、全身倦怠感や疲れやすさが特徴的です。手の指や足の指などの小さい関節の痛みで発症に気付く場合が多いですが膝などの大きな関節が侵されることもあります。全身の関節に進行していく病型の患者さんの場合、指や手首の関節が破壊され、指が短くなったり、関節が脱臼して強く変形することがあります。また背骨の変形などにより脊髄が圧迫され、手足が麻痺したり、呼吸がしにくくなる場合もあります。
リウマチの経過にはいくつかのパターンがあると考えられており、病気の発症後短期間で多くの関節の破壊が進む患者さんもいれば、初期だけ症状があり1−2年で自然と寛解にいたる患者さんもいます。最近は生物学的製剤などの治療薬の進歩により、早期に診断して治療を開始できれば、病気の進行を最小限に食い止められるようになってきています。

(撮影)多田裕美子

取材協力:カフェバー『鈴楼』  珈琲ホットケーキ『天国』  レンタル着物『浅草衣匠 弥姫乎』

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