水遊びに注意?-夏季に集中するレプトスピラ症とは

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                臨床診断研究センター代表 医師 加藤 開一郎

 本格的な夏の暑さに見舞われている今日この頃ですが、ニュースで目にする夏のキーワードといえば、「ゲリラ豪雨」、「洪水」、「水遊び」です。実はこれらのキーワードが関与し、夏季に集中発症する疾患の1つにレプトスピラ症(別名 ワイル病)があります。

 レプトスピラ症は、少し馴染みが薄いかもしれません。「洪水が起きると、感染症が流行する」という話を聞いたことがある方は少なくないと思います。レプトスピラ症は、そんな洪水や水害、ウォータースポーツを含めた水遊びで増加する感染症の1つです。

 今回のコラムでは、夏に注意したい疾患特集として、レプトスピラ症を取り上げたいと思います。

レプトスピラ症で過去3年間に日本人2000人が亡くなった記録も

 レプトスピラ症は、今の日本では普段は聞きなれない病名かもしれませんが、決して新しい感染症ではありません。また特別な海外の病気というわけでもありません。

 文献によれば、昭和12年~昭和14年の3年間に日本国内で9,000人が感染し、2,000人が亡くなったという報告があります。しかし、おそらく日本の衛生環境の改善に伴い、レプトスピラ症は、現在は稀な疾患となりました。1970年代まで、毎年50~250人がレプトスピラ症で命を落としています。

 現在でも、レプトスピラ症は散発的な発生や、時として集団発生がみられ、2016年から2022年までに、国内で少なくとも273例のレプトスピラ症患者が確認され、その報告は夏季に集中しているのです。

そもそもレプトスピラ症とはどのような感染症?

 レプトスピラ症は、レプトスピラ・インテロカンスという細菌感染の一種です。ここ数年の報告例をみると、レプトスピラ症を主に媒介する主役は、圧倒的にネズミ(げっ歯類)です。レプトスピラ症はネズミの腎臓に感染し、そのネズミから排泄された尿には、レプトスピラの病原体が含まれます。このため、ネズミの尿に汚染された水や土壌との接触は、レプトスピラの感染源となるのです。つまり、ネズミの尿が流れ込む、河川、沼、湖の水にはレプトスピラの病原体が含まれる可能性があるのです。

レプトスピラ症の症状とは?

 レプトスピラ症の臨床症状には軽症から重症まで幅があります。通常、潜伏期間は5~14日間で、悪寒、頭痛、筋肉痛、咽頭痛、目の充血等の、一見すると風邪のような症状で発症し、レプトスピラ症に特徴的な症状がありません。このため、レプトスピラ症を積極的に想定しないと診断が遅れる可能性があります。下の表1にレプトスピラ症の症状を掲載しました。レプトスピラ症の重症化率は約10%程度と高く、多臓器不全に陥ることもあり、命の危機もあります。だからこそ、レプトスピラ症に感染しうるリスク行為を避けていく必要があります。

表1.レプトスピラ症の主な症状

 発熱
 筋肉痛
 頭痛
 悪寒
 咽頭痛(のどの痛み)
 嘔気
 嘔吐
 目の充血
 目の痛み
 尿量減少
 肝腫大
 咳嗽
 下痢
 黄疸
 出血傾向
 リンパ節腫脹               
※Watt G. Leptospirosis. Current Opinion in Infection Disease 5,659-663,1992より   出現率が20%以上の症状、所見を記載

レプトスピラ症は皮膚や粘膜から感染する

 レプトスピラは細菌の一種です。多くの細菌は、球形、または楕円形の形をしていることが多いですが、レプトスピラ症の病原体は特殊な形をしています。レプトスピラは、病原体全体がらせん状で先の尖ったひも状の形態をしています。例えるならば、ワインのコルクを抜くときに使用するコルクスクリューのような形です。いかにも人の皮膚や粘膜に食い込んで貫通し、体内に入り込みやすそうな形状をしているのがレプトスピラです。事実、レプトスピラ症は多くは水に潜み、レプトスピラの病原体は、皮膚や粘膜が接触することで感染するのです。このため、私たちは、感染リスクのある自然界の水に不用意に接触しないことが大切なのです。

レプトスピラ症発症者の発症前の行動や職業とは

 日本国内のレプトスピラ症発症者の感染契機やリスクとなる職業について、筆者が日本国内の論文で調べてみました。これをみると、レプトスピラ症が夏に集中する理由は、日本人が夏に自然界の水との接触が増えることがその原因として考えられます。また、水を介さずに野生のネズミとの直接接触でも感染した事例が報告されています。

【レプトスピラ症発症前のイベント・職業等】

・河川に入った
・川で泳いだ
・川遊び
・河川を裸足で歩いた
・河川/湖でのトライアスロン
・湖に入った
・沼に入った
・川の水を飲んだ
・ウォータースポーツ(カヌー等)
・ジャングルツアー
・野外活動
・アユ釣り
・下水道での作業
・ドブ掃除
・水害
・洪水の片付け
・ネズミと接触
・ネズミに噛まれた
・草刈り
・素手で草むしり
・水田で作業
・土で汚れた
・魚市場勤務
・寿司屋勤務
・清掃業

 これらの報告を見ると、レプトスピラ症の感染は川、湖、沼、水田などネズミの尿が流入しうる場所で起きていることが分かります。さらに近年、東京都内ではネズミが行きかう魚市場や寿司店で感染が報告されており、レプトスピラ症はネズミが存在するところであれば、都会の中でも十分に感染する可能性があるのです。

早期診断のために重要なこと

 レプトスピラ症は現代の臨床医にとっては、滅多に遭遇しない疾患です。滅多に遭遇しない疾患は臨床医がその可能性を想定できない、あるいは経験したことがないため、診断が遅れる可能性があります。そこで重要になってくるのが、発症前にどこで何をしたかの情報です。

 レプトスピラ症に限らず疾患の診断にはご本人やご家族からの情報が、大きな手掛かりになることがあります。特に感染症疾患は、発症前にどこに行き、何をして、何を食べたか、ご家族の体調はどうか、あるいは普段どのような環境に住み、どのような仕事に従事しているかなど、いわゆる生活の情報が、病気を診断する上で非常に重要になってきます。しかし、多くの臨床医は多忙であり、事細かに問診できていないことも多々あります。また、そもそも疾患を想定していないと、的確な問診もできません。

 このときに重要なのが、本人やご家族からの医師への積極的な情報提供です。医師が頭を捻るような診断が難しい病態のときこそ、医師から聞かれなくても、本人やご家族から、発症前の情報を積極的に伝えることがとても重要で、これが診断に大きく寄与しうるのです。

あらためて確認したい清潔と不清潔の区別

 日本人は戦後、生活環境の改善と公衆衛生の発展で、多くの感染症を克服してきました。本コラムで取り上げたレプトスピラ症も生活環境の改善で激減した疾患の1つと考えます。しかし、感染症の減少に伴い、若い世代の方を中心に感染症の怖さや危機感を日本人は忘れつつあるのではないかと筆者は感じることがあります。

 たとえば、駅のホームや電車内では荷物をそのまま直置きする高校生を多く見かけます。コンビニの前を通れば、地面に直接座っている人を見かけない日はありません。しかし、コンクリートやアスファルトで舗装されていても、地面は様々な動物の排泄物等で汚染されている本来、不潔な場所です。いま一度、清潔と不清潔の境界を認識すべきではないかと思います。

【引用参考文献】
・人と動物の共通感染症に関するガイドライン(平成19年環境省)
・築地市場で感染した重症レプトスピラ症の1例.日本救急医学会関東地方会雑誌. 
43巻4号P132-136. 2022年
・沖縄県与那国島で感染したと思われるレプトスピラ症の 1 例.日本病院総合診療学会雑誌20巻3号P141-144.2024年
・東京23 区内で感染した重症レトスピラ症(ワイル病)の1 症例.感染症学会雑誌84巻1号P59-64. 2010年
・詳細な病歴聴取により予測し得たレプトスピラ症の1例.日本救急医学会関東地方会雑誌39巻2号P326-330.2018年
・非流行地(北海道)で経験したレプトスピラ症の1例.感染症学雑 92巻2号P144-147
・コルトフ培地を常備していたため自施設で診断し得たレプトスピラ症の 1例.18巻2号P102-104. 2022年
・血液検査と腹部超音波検査にて経過を追えたワイル病の1症例.73巻4号P800-806.2024年
・レプトスピラ症の最新の知見.モダンメディア52巻10号P290-306. 2006年
・急性期の髄液 PCR が診断に有効であったレプトスピラ症の 1 例.日本感染症学雑誌94巻2号P193-197. 2020年

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