【第4回】病気になる前よりも今が幸せ。「いるだけでいい」ことを教えてくれた“ミー君”に「ありがとう」

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浅井美衣さん
あなたがいたから頑張れた ありがとうの物語
浅井美衣さん

浅井美衣さん プロフィール

1971年生まれ 東京都出身
大学卒業後、クレジット関係の会社で受付業務を行う。
30歳でファイナンシャルプランナーなど金融関係の資格を取得し、保険会社、銀行などに勤務するが、突然、再生不良性貧血を発症し退職。
現在は治療を続けながらIT関連企業に勤務する。

🍀働き盛りのキャリアウーマンを襲った突然の難病

以前はバリバリのキャリアウーマンで仕事に夢中でした。

以前はバリバリのキャリアウーマンで仕事に夢中でした。

———浅井さんはお会いしたところとてもお元気で健康そうに見えますが、実は再生不良性貧血という大変な難病を抱えていらっしゃるのですね。

 発症したのは2010年3月のことでした。その時点でステージ4といって重症の再生不良性貧血でした。現在は中程度まで回復はしています。

———当時何か大きなストレスや前兆はありましたか?

 銀行勤務ですからそれなりのストレスはあったと思います。しかしそれは仕事をする以上当たり前で、やりがいのあるものでした。発症の1週間前には軽井沢で春スキーをしていたんです。始まりはひどい肩こりでした。毎日マッサージに通いましたが回復しません。そのうちに手の甲に大きな痣のような内出血が現れたのです。上司に見せたら、すぐ病院に行けと言われました。

———結果はどうだったのでしょう?

 血小板の正常値は15万~35万ですが、私は7000しかありませんでした。赤血球が3週間、血小板は1週間でなくなってしまうという状況です。

 検査結果があまりにも悪く、「すぐ入院が必要」と言われましたが、ベッドの空きがないため仕方なく外来で輸血をする治療が始まりました。

 でも外来での治療方針に納得できずネットで患者会を探すと「すぐ病院を変えた方がいい」とアドバイスされ、別の病院に転院しました。
 この時でも私はまだ楽観的に考えていて、きっと3か月もすれば治ると思い込んでいました。

🍀役割を失い「お荷物」になってしまった自分

———そこではどんな治療をしたのでしょう。

 すぐに入院し、1年がかりで行う化学療法を2年連続で行いましたが効果はなく、強い副作用だけが出てしまいました。それからは輸血をしながら命をつないでいましたが、今度は輸血のし過ぎで鉄過剰症となってしまい、なかなか治療は進みませんでした。

———化学療法とはどんな治療をすることですか?

 具体的には、服薬と点滴で薬を入れるだけの治療です。免疫力が落ちるので無菌室に1か月半入院するのですが、1年治療を続けても結果が現れず、私も落ち込み始めました。医師からもギリギリの選択として、移植の提案が出るところまで悪化していました。お先真っ暗で光も何もない、完全な鬱状態。精神科の薬も飲んでいましたね。

———骨髄移植という選択は無かったのですか?

 一般にあまり知られていないと思いますが、骨髄移植は生存率が5年と言われています。治療中に凄まじい痛みや吐き気といった辛さがありますし、移植が無事済んだ場合でも後遺症が出る事が少なくありません。移植後の拒否反応の激しさも見聞きしたので、移植は選択しないつもりでした。

カフェでゆったり過ごすのも大切な時間

カフェでゆったり過ごすのも大切な時間

———ご家族にはどのように伝えましたか?

 実は、家族には心配をかけたくないのであまり詳しい話をしていません。通院も一人でしています。医師にも「私の事なのですべて私に話してください」と言ってあります。

———ご自身の状態はどう捉えていましたか?

 当時は、私が生きているだけで家族にも社会にも迷惑がかかってしまうと感じていました。稼ぐこともできない。独身ゆえに面倒をみるべき守るべき家族もいない。しかも、輸血で人の血をいただきながらしか生きることができない…。役割を失いお荷物になってしまったと感じ、「朝目覚めたら、天国でありますように」と願いながら眠りにつくような毎日でした。

🍀ただ「ここにいる」ことを必要としてくれる誰かがいる

地元商店街に夕食の買い物に行きます

地元商店街に夕食の買い物に行きます

———どのように再起を果たしたのでしょうか?

 病院の中に難病の方がいて、NPOで働くという選択肢があること、「障害者雇用」というものがあることを教えてくれました。障害者雇用を推進している現在の会社の社長と面接する機会を得た際、私が自分の病気について話し終わると、社長が「ぜひうちで働いていただけませんか?」とおっしゃったのです。

 その時はビックリし過ぎて、まともに返事ができませんでした。病気になってから誰かに「ぜひ」と言われたのは、初めてのことです。明日の命さえわからない自分を雇ってくださるとは…。不思議なことにその言葉をきっかけに、私の症状はゆっくりとですが安定してきました。

———今はとてもお元気そうに見えます。奇跡の回復を果たしたのですね?

 みんなによくそう言われますが、実は検査数値を見ると状態は決して良くないんです。今も免疫抑制剤を一日10錠程度服用しています。疲れやすいし、体力も落ちました。息切れがひどいですね。

 それに男性ホルモンの入った薬の副作用で声がハスキーになったんです。すでに薬はやめていますが結局声は戻らなかった。声帯が変化しちゃったんですね。だから自分の声には今も違和感があるかな。このように回復したわけではなく病気とともに生きています。

 でも、私病気になる前より自分は幸せって思えるんですよ。

———病気を抱えていても今のほうがいいのですか?本当に?

 そうです。私の周囲の環境も変わりました。以前仕事をしていた時には成果主義、減点主義の世界で生きてきたんですね。今周りにいる人たちは価値観が違う。そこが居心地がよいと思っています。

 そのことを教えてくれたのはペットの猫かもしれない。それまでの私は誰かの役に立たないと自分の価値を確認できなかった。そんな私が一時期は寝たきりになっちゃった。そして人の血液を週に1回の頻度で輸血していただかないと生きていられないということを受け入れなくてはならなかった。そんな時私は病気になる前から飼っていたミー君(猫)を見て思ったんです。猫って、何にも役に立たないでしょ。でも本当にそこにいて、「ニャーご飯ちょうだい」っていうだけで私を幸せな気持ちにしてくれるなと。猫に触れていたら「あっ私、いるだけでいいんだ」って思った。今まで気づかなかったことを病気が教えてくれた。そういうことがなければ今ここにいないかもしれないと思うんです。

商店街の魚屋さん。猫のミー君の御馳走あるかな?

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🍀病を得て見えてきた新しい価値観

———食べることがお好きなんですね。

 はい。おいしいものを食べた時の喜びがとても大きいですね。私が「おいしい!」と感じる基準は、それを料理する人が心を込めて作っていて、食べる人に「喜んでもらいたい」って思っているかどうかですね。

———旅行や山登りも趣味とお聞きしましたが。

 病気になる前の私は、自然になんて全然興味がなく仕事に熱中していました。今は自然の中に行くことがとても大切な時間に思えるようになりました。主治医の先生は私のことをちゃんとわかってくれているみたいで、内緒で旅行の計画を立てていたりすると診察の時に「いつ山に行くの?」なんて尋ねられたりして驚きます。先生は私がどんなことをしても絶対に全否定はしないですね。「治癒しますよ」とも言わないし、「骨髄移植しなさい」とも言わない。ただそっと寄り添っていつも支えてくれているんです。私ってとても幸せ者です。

上高地で。空気がおいしい!

お気に入りの地元のカレー屋さんベジフルスパイス。真心込めて作られたおいしい料理。盛りつけも美しい
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上高地の幻想的な草原を訪れ、美しさに息をのみました

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戸隠神社奥社で。自然はでっか〜い

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———今の状態について誰かに「ありがとう」を言うとしたら?

 うーん。1人は選べないです。私を雇ってくれた会社の社長、献血をしてくれた会ったこともない人々、主治医の先生、母や弟やお嫁さんや姪っ子、家族のみんな…周りの人本当にみんな!「もう感謝しかないよ」なんて言ったら昔の友達はひくかもしれないなあ。でもそれでもいいと思っているんです。だからみんなへの感謝の代表として、ふふふっ 字は読めないけど私に「生きてそこにいるだけでいいんだよ」って教えてくれた猫のミー君に手紙書きますね。これは出さない手紙だけど。
みんな、そしてミー君 いつもありがとう!

みんな、そしてミー君 いつもありがとう!


インフォメーション:再生不良性貧血

再生不良性貧血は血液中の白血球、赤血球、血小板のすべてが減少する疾患です。これらの血球は骨髄で作られますが、この病気にかかった人の骨髄を調べると、骨髄組織が多くの場合脂肪に置き換わっており、血球が作られていません。そのために貧血症状、感染による発熱、出血などが起こります。この病気は難病に指定されており、患者さんの70%は原因不明といわれています。2006年の調査では、全国の患者数は約11,159人で、新たに発生する患者さんの数は100万人あたり6人前後とされています。赤血球、好中球、血小板の減少によって、めまい、頭痛、身体がだるくなる、疲れやすい、狭心症のような胸痛、息切れ、動悸などさまざまな症状が起こります。

(撮影)多田裕美子

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